MAROONのなんでも diary

MAROONの身の回りの諸々を雑多に書き連ねている日記です。(はてな日記からの移行です)

古い旅行メモ

机の整理をしていたら、ずいぶん古い旅行メモが出てきました。日付は書いてありますが、何年かは書いていません(^_^;)。記述からし国鉄がJRになった後なのは間違いありませんが・・・・

2月12日
反対の南側の終点・富沢はまた高架駅だった。昼過ぎのせいか、総体にすいていた。八乙女、富沢では折り返し待機中、保温のため各車両1ヶ所のみドアを開いて、他は閉めてある。
しかし、7分ヘッドのダイヤというのは不便である。6分か7分半にすればスッキリするのに、と思う。富沢では電車が到着し、降車終了後一度南側へ引き上げて、再度北行線に入線してくる。
長町駅もJR駅まで遠い。JR長町駅は硬券入場券を売っていた。長町で715系1000番代(元581,583系)を見た。サハネに101系の顔をつけたアイボリー/緑帯の塗色。一部窓を2段昇降に改造という姿は不気味だ。
阿武急って電車だったんですね。知らんかったなぁ。毎月1日には全線500円で乗れる阿武急フリー切符なるものを売っているようだ。槻木でも715系1000を見たが、何回見ても気持ちが悪い。最近のJRは趣味の悪い車が多い。阿武急は約1時間ヘッドの運行だが、思ったよりすいていた。やはり沿線人口の問題であろう。槻木から沿線は田んぼばっかり。丸森から阿武隈、兜、と阿武隈川添いの山中を走る。人家はほとんどない。兜をすぎてようやく人家が目につきはじめた。梁川に車両基地
大泉〜保原あたりは町である。跨道橋、鉄橋などは複線分あり、高架(築堤)上を走り、立体交差化されている。高子駅付近は宅地造成が進んでいる。
阿武隈川を渡ると福島市に入り、最初の駅が瀬上。一つ手前の駅が向瀬上でなるほどと思う。卸町をすぎると新幹線をくぐり、東北本線と合流する。すぐに左から福交が接してきて、福島駅着。

以上のような内容です。自分でも何年だったか記憶がはっきりしません(^_^;。さて、いったい何年のメモなんでしょう? しかし、この頃はまだ「鉄分」が高かったんですね<ぢぶん(^_^;)